幸福のしっぽ

救ってもらいたい一心で行ったカウンセリングで精神ズタボロになって帰ってきた、こんなはずじゃなかったのに

先生は資本主義的なしあわせについて散々話してた それが世間において一般的なしあわせなのは分かってる 分かってるけど、しあわせの尺度なんて人それぞれじゃん たくさんお金稼いで地獄を見てる人もいれば、フリーターでも幸せそうな人もいる わたしはただその人たちの断片しか見てないこともわかってる わかってる けどたくさんお金があって裕福な暮らしができることだけがしあわせじゃないんだとどこかで信じたい自分がいる そりゃミュウミュウ欲しいしキルフェボンのケーキ食べたいけどさ、別に六畳一間でも、一食くらい抜いてもそれで楽ならわたしはなんとなくそっちを選びたくなってしまう 

ハタチって、まだまだ夢みてていい年じゃないのだろうか?真っ向から否定されたような気がして、夢をみることを諦めきれていなかったわたしの全部が粉々になってただ泣きじゃくることしかできなかった 

帰り道にママがぼそっと言った「貧乏でも好きな人といれたら幸せじゃんね」ということばが一番真理だと思った この人がわたしのママでほんとうに良かった

あんなカウンセリングに二万払うならあなたの欲しいっていってたワンピース買った方がよっぽど幸せよ、とも言い放ってくれて、そのことばが今のわたしには一番必要だったのかもしれない