不在の存在

コーラックエチゾラムもすぐに慣れて一錠じゃ効かなくなるのに一人で生活することにはちっとも慣れやしない。不在であることの存在を受け入れるということ。 近しい人たちが死んでいくことには割と慣れてしまったのだけれど。 ある日を境に姿を見なくなった父親とか、春から地方に就職した恋人とか、今まで一緒にいることが当たり前だった人が、物理的にこの世からいなくなるわけではないけどわたしとは違う場所で生活をしているという事実を咀嚼することがなかなか出来なくて苦しい。サニーデイ・サービスの曲で 君がいないことは 君がいることだな  っていう歌詞があるのだけど最近その意味をやっと理解できた気がする。不在の存在が重くのしかかる感覚、これは思っていたより堪えます。

 

やけにたばこの煙が目にしみる日。疲れてるのだとおもう。これが日課だと思いたいがために毎日カフェラテ三杯飲むのもうやめたい