吐きだしたタバコの煙のうねりがいつもと違ってなんだかいやな予感がする。心なしか色も黒ずんでみえるし。ゆるやかな諦念のようなものがまとわりついて離れない。毎日健やかで、人生を肯定しつづけることがそんなに偉いんですか。すこし病んでいるくらいがわたしには丁度いいや。

生活の切れ端

ベッドにもたれながら窓の外の空が透明なブルーから紺色に変わっていくのを眺める時間がないとわたしはきっと駄目になる。みんなにとっては何てことのないような些細な 人参の端っことか シーツのしわとか ぼろぼろのタオルケットみたいな生活の切れ端が わたしにとってはとてつもなく意味をもつものだから どうか捨てないで奪わないで そっとしておいて下さい。

新幹線の窓から見えるびっしりと生えた家のひとつひとつに生活があるのだと思うとぞっとする。

 

トラックから伸びたおじさんの肘の黒ずみだって愛おしく思えてくる日もあるんだよ。そんな日は相当ラッキーデイ。

 

自分でさえよく自分のことが分からなくなるんだから誰にもわたしの全てなんぞわかる訳もないし分かられたくもないという気持ちがある反面 どうしようもなく他人に思われたいし消費されたいという気持ちがあるのも本当で ここ最近はふたつのバランスがめっちゃくちゃになっている感じがする

 

 

メモたち

芯の強いしゃんとしていた女の子たちが恋愛することでどんどんぐにゃぐにゃになっていくのを近くで見ていてとても哀しい気持ちになる (2017年1月)

 

山戸結希監督の処女作『あの娘が海辺で踊ってる』を観た。一年前のわたしはきっと誰かに消費されたくてたまらなかったんだと気付いたよ (2017年3月)

 

二人で湯船に浸かると普段なかなか言えないようなことも不思議とすらすらと言える。お風呂は一番素直になれる場所かもしれない。泣いちゃっても涙か汗かお湯だか分からないのもいいね。 (2017年4月)

 

幸せってなんだろうと考えはじめると 五分後には恋人が今隣りにいてくれたらなとか あの服が欲しいとか、この映画観なきゃとか ということは わたしにとっての幸せは好きな人と毎日一緒にごはんを食べて一緒に寝て好きな服を着て文化に触れつづけることなのかもしれない。 (2017年5月)

東京

わたしがどんなに悲しくても東京は泣いてくれないし慰めてくれない。うそっぱちの綺麗も本当の汚いも全部ぜんぶ何でもあるようで実は空っぽ 何にもなくてすごく息苦しいし絶望ばかりだけど どうやらわたしの故郷も今生活しなければいけない場所もここしかないらしい‬。

愛はお洒落じゃない

少し前 クリープハイプが大好きとかいうのはお洒落じゃないと思っていた時期があったけど 今日スクリーンの最後に流れるイトを聴いて、寝る前の一番好きな時間に月の逆襲を聴いて、やっぱり好きなもんは好きなんだから仕方がないなという気分にさせられました。小洒落た喫茶店だとか代官山の蔦屋とかにも行くけど やっぱりフランス映画よりアジア映画が好きだしポテチとチキンラーメン大好きだしお笑いが好きだし、お洒落じゃない生活を愛していけるように頑張る。

オカザキ

家から一歩も出ないような日に岡崎京子読むとこの世界には彼女以外何もいらない/私に寄り添ってくれるのは岡崎だけって気分になる とはいっても彼女の漫画は寄り添うような素ぶりはまるでないのだけれど 肯定も否定もしないのできっと救われたような気になるのだろう‬。