愛の枯渇

‪この気持ちを何と呼べばいいのだろう。嫉妬でもなく、憎悪でもなく、孤独でもない、空洞の感情。

人並みに愛されてるはずなのに全然足りないんです、みんなにもっと愛して欲しい、ずっとわたしのことだけ見てて欲しい。こんなの変だよね。笑わせるなよ、わたしが可笑しいってことわたしが一番よく分かってる。

正体不明の感情に惑わされて空回りもいいところ、自己嫌悪なエブリデイ、あーあ、来世ではアイドルにでもなろうか。こんな軽率な発言をどうかお許し下さい、わたしはただ好意に餓えているだけ。枯渇という言葉が一番しっくりくるかもしれない。愛の枯渇。わたしのこと、あなたの愛でいっぱいにして欲しいの!溢れちゃっても良いよ、全部受け止めますから。

 

ここまで書いたところで自分が気持ち悪すぎて自己嫌悪のループみたいになってきたのでやめにしよう

寝たらきっと全部忘れるさ

 

「君の光になれないのなら、わたしが存在する意義なんてないの。君の光になれないのなら、あなたを救えなかったというその事実に生涯苛まれることになるでしょう。それでも君は、わたしより先に死にたいなんて言える?」

 

おおよそこんな内容の話を電話でしていた(もちろんもっとくだけた口調で)。 日常会話にしてはだいぶヤバい会話だな

 

相手がわたしのいるところに戻ってくるために、もちろんわたしが理由のすべてではないけれど、わたしがいるからここに戻ってこようとしんどいながらに努力して、愚痴をこぼすのをうんうんと聞きながら、頭のなかは他の男の子のことを考えてるなんて、どういう風の吹き回しなのだろう。自分で自分がわからない。わからないということが悲しい。なぜか涙は出なかった。

 

 

愛はどんなんだい

13日の金曜日、武道館。雨の匂いがした

 

多分また明日からしょうもない日々が続くけど今日だけは生きてて良かったって思えたよ、ひとりぼっちでも集まればこんなに輝けるんだって教えてくれてありがとう。ずっと泣いてた 

 

「生まれてきて良かったって思った日は、ないです。でも、今日は生きてて良かったって思ってます」峯田の言葉を何度も何度も反芻する

 

f:id:naminoutatane:20171013231530j:image

どろどろに溶けたフラペチーノがかわいそう

友達と久々の再会、のち八時間以上も喋り続けて無敵な夜です。なんて満たされた心でしょう、このまま眠るのも惜しいくらい。

自分がそうなので、冷ややかな視線と意地悪い思考を持った人々といるのが本当に心地よいのです、今日も彼女は完璧な悪女でいてくれました。嗚呼、まるで自分までまるごと浄化されてゆくような感覚。愛さずにはいられないね。どろどろに溶けたフラペチーノがかわいそう。あの男もこの男もかわいそう。かわいそうなわたしたち。

 

話は変わりますが吉澤嘉代子さんの新譜『残ってる』、本当に詞が素晴らしいな。この曲が甘ったるいと感じてしまうわたしはもう若くないのだなと思う。二年前の自分を見ているようで痛々しいよ。

 

 

人生二度目の心療内科。半ば諦めていた私を、先生はいとも容易く岸の方へと引き上げた。この焦燥を、倦怠を、嫌悪を、肯定してもらうことでこんなに救われるなんて私はじめて知りました。先生が差し出してくれた言葉のひとつひとつにずっと包まれていたいな、今日だけは、どうか言葉は魔法だなんていうたわごと信じるのを許してね。

気に入ったノートを二冊買いなさいと言われた。何かひとつ運動を始めなさいと言われた。病院を出たその足で向かうは神保町、とびきりかわいい矢沢あいのノートを持ってレジに並ぶなんて単純明快もいいところ、ジムには明日入会する。

 

 

幸福のしっぽ

救ってもらいたい一心で行ったカウンセリングで精神ズタボロになって帰ってきた、こんなはずじゃなかったのに

先生は資本主義的なしあわせについて散々話してた それが世間において一般的なしあわせなのは分かってる 分かってるけど、しあわせの尺度なんて人それぞれじゃん たくさんお金稼いで地獄を見てる人もいれば、フリーターでも幸せそうな人もいる わたしはただその人たちの断片しか見てないこともわかってる わかってる けどたくさんお金があって裕福な暮らしができることだけがしあわせじゃないんだとどこかで信じたい自分がいる そりゃミュウミュウ欲しいしキルフェボンのケーキ食べたいけどさ、別に六畳一間でも、一食くらい抜いてもそれで楽ならわたしはなんとなくそっちを選びたくなってしまう 

ハタチって、まだまだ夢みてていい年じゃないのだろうか?真っ向から否定されたような気がして、夢をみることを諦めきれていなかったわたしの全部が粉々になってただ泣きじゃくることしかできなかった 

帰り道にママがぼそっと言った「貧乏でも好きな人といれたら幸せじゃんね」ということばが一番真理だと思った この人がわたしのママでほんとうに良かった

あんなカウンセリングに二万払うならあなたの欲しいっていってたワンピース買った方がよっぽど幸せよ、とも言い放ってくれて、そのことばが今のわたしには一番必要だったのかもしれない

最低な夢と最高な夢を交互に見る 毎日

好きな人と好きな人が愛し合っているところを見せつけられた。嫉妬深い私はどうしようもないくらい悲しくなった。

憧れの人と喫茶店で楽しくおしゃべりをした。食べていたケーキの味 会話の一片まで鮮明に思い出せる。無花果のショートケーキ。生クリームがちょこんと乗ったココア。現実では名前も知られてないような画面の向こう側の人。

あの人が家に来て、私が嬉しそうに出迎えて、そのまま部屋のベッドに倒れこんで、くしゃくしゃの笑顔で見つめあう その瞬間、これが夢だと気づいて いっぱいの寂しさが肺に流れ込んできて息ができなくなる。本当はこんな会い方もしなかったし、こんなに楽しかったこともない。寂しくて溺れそうなときは決まってこの夢をみる。他人にこの寂しさを埋めてもらうことはできないと分かっているし 結局わたしを救えるのはわたししかいないってことにとっくに気づいてるけど、わたしは性懲りもなく何度も何度も夢を見る。

現実も、最低と最高が交互に繰り返す。

今日はあんまりよくない日

今はただ、生活というレコードの回転数をずうっと遅くすることを許してほしい